SOLD OUT
監修:千足伸行
編集:産経新聞社事務局
制作:印象社
出版社:産経新聞社
発行年:1989年
サイズ:245x192x21
種類:ソフトカバー
状態:少しみ
1989年10月26日から11月21日に伊勢丹美術館、1990年1月13日から2月13日にナビオ美術館で開催された「没後50年記念パウル・クレー展」の図録。1879年12月18日に生まれたスイスの画家、美術理論家であるパウル・クレーの19世紀末の少年時代から1920年代まで。主に線描による表現の時代から、色彩に目覚めた1914年のチュニジアの旅を経て、造形の理論を確立した1920年代バウハウス期までに至る作風の移り変わりを、油彩、水彩、版画、デッサンなどの130余点で紹介した1冊です。
パウル・クレーの孫で、パウル・クレー財団の会長でもあるアレクサンダー・クレーは本展覧会について「このたびの展覧会ではこの画家の初期の作品を取りあげます。少年時代の作品に始まり、世紀末以降に次々と展開するさまざまな芸術形式を、どのように吸収し、当時のアヴァン=ギャルドの思潮にいかに対応してゆくか、その模索の時代をつぶさにあとづけてみるものです。この展覧会は、パウル・クレー芸術の青年期から成熟期にいたる発展に、ささやかながら展望を開いてくれるかと存じます」と述べています。
その言葉どおり本図録は、ミュンヘン分離派展、画家のヴァシリー・カンディンスキーやフランツ・マルクなどと共に結成した「青騎士(ブラウエ・ライター)」、バウハウスでの教育者としての経験などから、クレーの作品がどういった形で変化していったのかがよくわかる内容となっています。
特に1914年のチュニジア旅行の経験はクレーが色彩に目覚めるようになったきっかけとして象徴的な出来事だと言えるでしょう。パウル・クレーの息子で、先述のアレクサンダー・クレーの父であるフェリックス・クレーが編集した「クレーの日記」では、1902年に「私の画では、色はただ造形的な印象を飾るにすぎない」と述べていたクレーが、チュニジア旅行の1914年に「色は、私を捉えた。自分のほうから色を探し求めるまでもない。私には、よくわかる。色は、私を永遠に捉えたのだ。私と色とは一体だ」と変化していく様子が記述されています。この色彩の目覚めから「目に見えないものを見えるようにする」クレーの実験が加速し、音楽の視覚化など、さまざまな試みに満ちたクレー芸術が完成していくことを想像するのはとてもたのしいです。